『既得権益に群がる偉い人』と『前頭葉が老化した人』

評論

まず、精神科医の和田秀樹さんが書かれた記事を紹介します。(PRESIDENT Online より引用)

頭のいい人がバカになってしまった代表例が、既得権益に群がる「偉い人」たちです。
こうした人たちは高い地位に上り詰めたあと、努力しなくなります。肩書を得ることが目的化し、肝心の仕事内容に対する関心が薄れるのです。時代の変化についていこうとせず、「自分は賢い」と思い込み、従前のやり方に固執するといった行動は、「知的怠惰」と呼ばれるものです。
この怠惰に流されると、周囲の言葉に耳を傾けなくなります。部下からいいアイデアが出ても、その可能性を見過ごしたり、握りつぶしたりします。頭のいい人の行動とはとうてい思えませんが、「偉い人」ほど、こうした「バカ化」のリスクが高くなります。
頭のいい人がバカになる現象には、もう1種類あります。それが、感情のコントロールがきかなくなったときのことです。
元エリート官僚だった国会議員の方が、カッとなって秘書を罵倒した音声が公表され、大騒ぎになった一件がありました。
留学経験もあるエリート官僚だったのですから頭のいい人なのでしょうが、あの金切り声を聞くと、とてもそうは思えません。
恋に狂ってスキャンダル写真を撮られたり、業績アップの圧力に耐えかねて粉飾決算をしたりするのも、このタイプの「バカ化」に飲み込まれた結果です。
この2種類の「バカ化」は、誰にでも起こる現象です。
しかし日本では「頭のいい人はずっと頭がいい」という認識が強いようです。
アメリカ人は、頭のいい人もバカになることを認識しています。会社経営をする人は、専属の精神科医を相談相手とし、定期的にカウンセリングを受けるのが常識です。感情などに歪められた誤った判断をしないための、転ばぬ先の杖です。
日本の経営者に、そうした予防策を講じている人はめったにいません。「自分がバカになる瞬間はない」と思っているのでしょうか。医師として、非常に危ういものを感じます。

抜粋した部分の前では、『前頭葉の老化』についての記述がありました。

昨今の日本では、『既得権益に群がる偉い人』や『前頭葉が老化した人』が物事を仕切っています。

そして、そのしわ寄せを強いられている人たちの中には、ストレスに耐えられず、自分や他人を傷つけたり無気力になってしまったりする人たちも沢山います。素晴らしいアイディアが埋もれてしまう事もあります。
この問題に関して発信している方は沢山いますが、なかなか変わらないものですね。理不尽な世の中に疲弊する一方です。私も解消できない悩み事を抱え続けていたり我慢したりする毎日です。機械的に行動する時も多々あります。自分が未来の担い手になるには、どんな時も理性的でいる事、そして問題提起する勇気が必要だと思います。良い未来の最適解を今後も考え続けていきたいと思います。

次に、平家物語の有名な文章を紹介します。


祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声、諸行無常しょぎょうむじょうの響きあり。

沙羅双樹しゃらそうじゅの花の色、盛者必衰じょうしゃひっすいことわりをあらわす。

おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

猛き者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。

《現代語訳》
祇園精舎の鐘の音には、諸行無常
(この世の万物は常に変化していて、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないということ)の響きがある。沙羅双樹の花の色は、盛者必衰(勢いの盛んな者もいづれ必ず衰えほろびるということ)の道理を表している。権力をふりかざして威張っている人も長くは続かず、春の夜の夢のようにはかないものだ。勢いの盛んな人も結局滅びてしまう、風に吹き飛ばされるちりのようなものだ。

平家物語は平氏の繁栄と衰退を描いたものです。闘争本能は良いことも悪いことも発展する原動力になるので、一緒くたに抑えるべきだとは思いませんが、権力争いは今も昔も多かれ少なかれ犠牲を伴ってしまうものです。世の中は全て変化するので、好調の時に自分は凄いという錯角を抱いてしまい、横柄な態度になってしまうと、きっと和田秀樹先生がおっしゃる『バカ化』の第一歩になってしまいますね。